採用に関する記事で連日たくさんの応援反響を頂戴いたしました。記事を書く励みになります。ありがとうございます。経験則からくることですので、足りない経験値の部分やすべてのモデルにあてはまる内容ではありませんが、何らかの形でみなさまのお役にたてれば光栄です。

前回の記事の中で創業期と成長期における必須習得スキルについて、0から1を生むクリエイティブさと0を0と思わないバカになれるタフネスが創業期、1から2を生み出していくプロフェッショナリズムが成長期だと僕が分析してきたことをお伝えしました。そこで今回は自己啓発系の人材育成は企業にとってどのくらい必要なのかというテーマです。

自己啓発(wikipedia
"自己啓発(じこけいはつ)とは、自己をより高い段階へ上昇させようとすることである。より高い能力、より大きい成功、より充実した生き方、より高い人格などの獲得を目指す。"とあります。

創業期に経営者が陥りやすい全員経営の誘惑
たとえば「全員が経営者目線」という考え方がありますが、苦しい創業期に経営者都合で参加者全員に理解させたい思考のポジションです。リソースの少ない企業がこんなハードルの高いことを実現するには自己啓発による育成はもってこいです。ところが全員に0から1を生み出す人、つまり全員に経営者目線を願うのであれば、独立支援までの出口戦略を明示しなければつじつまが合いません。

ですがそういったリーダーは社員の独立を応援することはないでしょう。全員経営を目指して共有してきた企業の核になる情報をもって独立されたら、自社に酷似した企業が誕生してしまうリスクをはらんでいます。このようにどんな人材を育てたいかターゲティングできない"僕を含む経営者"は、思考停止した単純化をおこない、極端な理想論を社員に強要してしまう場合があります。

厳しい環境下で生まれる奇跡の成長
全員経営と言わないまでも、創業期のメンバーにはたくさんの仕事を兼務することが要求されます。そのため役割や立場をたくさん割り当てられ、厳しい環境下で自然発生的に生き残る人の中には、実際には育成をしているわけではありませんが成長する人も現れます。 創業期の奇跡の成長スキームそんな厳しい環境下で奇跡的に成長した人を分析すると「激励による啓発」によって思考ポジションを高めたと仮定したくなると思います。

この成功例の分析は創業期の経営者にとって受け入れやすい育成理論でしょう。創業期の「タフな人材」に対しては「激励による啓発」は効果があったのではないかと決めつけたくなるのは致し方ないことかもしれませんが、実際には厳しい環境下を耐えるタフな人材が起こした奇跡です。

全ては創業に参画できるようなタフな人たちがいてくれたおかげなのですが、「激励による啓発」という教育で成長したと勘違いしてしまう経営者は少なくないと言えないでしょうか?

おもしろい参考記事:社長のスピーチは、思考停止ワードだらけ?「全社一丸となる」「経営マインドを持つ」...... - こんな言葉を使うリーダーについていってはいけない!
http://toyokeizai.net/articles/-/36914

成長期に自己啓発は必要なのか?
自己啓発はあくまで精神的な思考ポジショニングの啓発なのですが、人材育成では無条件に必要にはなりません。なぜなら思考ポジショニングは自己啓発によって手に入れるものではなく、立場を与えられることによって生まれるものだからです。しかし立場を与えられていない人が場面違いな自己啓発によって成功欲求やより高い人格を求めたとしても、見合った役割がなければ絵に描いた餅です。

では、成長期を支えるための人材育成に必要なものをいくつか並べてみます。
成長期の効率的育成スキーム
・理念やビジョンによる成長戦略
・適材適所による役割分担
・自己と他者の評価の差を確認するための基準
・公正で公平な評価による人事考課
・自己啓発による思考ポジション
・挑戦と失敗が許される環境
・それらを支える各種リソース

このように成長期に必要なものを並べてみると、個人が用意する内的要因より企業が用意する外的要因の方が多いのが分かります。しかし外的要因を用意できない経営陣ほど、個人に内在する包括的な精神論や自己啓発を押し付けてしまうほうが楽だと考えられます。

簡潔に言うと面倒くさいことを全部ひっくるめて単純化できる便利さが自己啓発や精神論には包括されているからだろうと推測できます。

優秀なリーダーが犯す単純化の誤謬
ではなぜこのような間違えた単純化が起こるかについてです。思考は常に単純化が求められます。その理由は単純化して簡素化したほうがたくさんの人に伝わりやすいからですね。つまりより優秀なリーダーほど答えを簡素化する習慣を持っているからだと思います。ところが、企業の成長や変化とともにリーダーのこの素質(単純化の習慣)がかえって仇となることがないのでしょうか?

例えば、10の事柄を1に纏めるのは10%に簡素化しています。ところが100の事柄を5に纏めるのは5%に簡素化していることになるのです。数量的には1と5では5倍の差がありますが、10を1に簡素化した人にとっては100を5に簡素化した人の思考と比較することが難しいかもしれません。ですが本当の意味での単純化とは、より複雑なことをより単純に変えていく作業のことを指しているのです。
簡素化
創業期に必要とされていることの数は知れています。だからそれを簡素化するのは成長期に比べれば比較的簡単にできてしまいます。成長期には創業期に比べて前提条件や課題が山積してきます。そのような条件の違いを考慮せずに創業期と成長期の単純化を比較すると、10を1(10%に簡素化)と100を5(5%に簡素化)では1:5となるように、数量差と割合の違いを見落としてしまう可能性が出てきます。

壁を破るリーダーの成長
それでもまだ、精神論ベースの自己啓発的人材育成に傾倒すれば、現実の壁を前に何年も前進できないジレンマから逃れることはできないかもしれませんね。より賢明なリーダーは自分の思い込みを素直に改め、周囲の温度差を敏感に察知し、今の人材に必要な習得スキルとリソースを必死で集めようとするはずです。でももしリーダーにそのセンスがなければ、たくさんの人を不幸にするかもしれません。

創業を耐え抜いたタフな人たちも、成長を期待して入社してくる新人たちも、多かれ少なかれリーダーの想いに魅せられてるものだと思います。そのリーダーが実は頑固に自分の殻を破ろうとしない人だと知ったら心底がっかりしてしまわないでしょうか?変化への柔軟性と集まる人への責任感は創業期も成長期も変わらずリーダーに求められる資質だと、僕は思います。

最大の責任を負う以上、常に後悔のない決断をしたいですね。

松田